現実

平成19年も今日で2日目となった、上の小僧と女房と3人で進路のことを話をした、最終協議のようなものだが何となく小僧の気持ちもわかった。でもちょっと遅い気がしたもう少し早いほうが良かった。
 弟の奥さんから東京で受験するなら弟夫婦の家で泊まればと、申し出があったので即座にお願いした、子どもが学校に行っている時間なら、アパートも探すのを手伝ってくれるそうだ。これも快く主になってやってもらうとしよう。
 昨日は、あるイベントの手伝いをしたが、最近の高校生には驚いた、名門の公立高校の生徒なのだが、耳に大きなピアスをはめている、靴のかかとは踏みっぱなし、挨拶を誰かがしていても携帯でメールを打っている。話には聞いていたがこんな関東の端っこでもそんなやつらが多い。
 格差社会云々と今の体制に不満ばかり並べ立てているが、会社や社会はその人間を選別する厳しい目を持っている、機会の自由があるのだからもっとがんばって欲しい結果の平等を求めるのは自由主義社会ではちょっと無理ではないか。一人ひとりの人間は、気が優しくてよい人間かも知れないが、早く病気から立ち直ってくれないと取り返しがつかないことになってしまう。何十年も前のどこかの原始的な生活をしているような、輪を耳にぶら下げていて怒らない親もどうかしている、一緒にいる姿を見ても注意している節はない。
 もし自分の子どもなら、目から火が出るくらい拳骨をくれてやるが他人様にはそうも行かない、あの姿で学校に行って先生も注意しない、大人は見てみぬフリをしている。これで未来を背負う若い人に、何を託せというのか考えさせられる一日だった。